書評
札幌厚生病院 病理診断科 主任部長
「手遅れ」かもしれない。
読了してまずそう思った。
本書はあっという間に読める。コンテキストにぶれがないからだ。一方で、実践したいと感じさせられるコンテンツの量は膨大である。この情報量をこの文字数で収める技術はエグい。斎藤孝先生がEテレ「にほんごであそぼ」の総合指導担当者をなさっていることの意味を、今さらながらに噛みしめる。計算尽くで配置されたコミュニケーションスキル。
「患者さんが情報を自分に都合良く解釈してしまう場合、どうしたらよいか?」
「怒っている患者さんへの接し方のコツは?」
医師用にオーダーメードでアレンジされたコミュニケーションのワザ。型を知らねば型破りにもなれまい。
そして、不惑を超えた私は、ついとまどうのだ。「今さら読んでも、もう手遅れなのではなかろうか?」
医師の毎日は言い訳の積分でできている。わかっちゃいるけどさ、理想を言えばそうかもしれないけどね、時間があればやりたいとは思うよ、訓練を積む暇があったらよかったのだけれど、ね。私たちはいつだって、脊髄反射で構築してきた自分の流儀にあぐらをかいて、エビデンスと医師免許を盾にして、「医業はサービス業であれ」という世間からの極太レーザーを跳ね返す。でも、本当は、現代の医者は民放アナウンサーでなければいけない。バズるYouTuberでなければいけない。
本書のメインターゲットは医学部の1年生、2年生、3年生あたりかもしれない。臨床実習がはじまる前に読むといい。はっきり言うが、それ以降に読むと、70%の確率で「手遅れ」かもしれない。かくいう私は自分が7割の人間であることを自覚する、しかし/だから、抵抗をする。本と「衝突」して変わらない人間はいない。私の心は剛体かもしれないが、どぎつくぶつかった衝撃に無反応でいられるほど、私は自分自身をあきらめていないのだ。
もくじ(一部抜粋)
- はじめに
現代の日本社会が求める新しい医師の姿
- 第 1 章
診察10分間の構成を考えよう
- 第 2 章
医師の「質問力」 情報を得るコミュニケーション術
- 第 3 章
医師の「伝達力」 情報を伝えるコミュニケーション術
- 第 4 章
医師の「雑談力」 心を通わせるコミュニケーション術
- 第 5 章
医師としてのコミュニケーションの型
- おわりに
齋藤 孝が医師に伝えたいメッセージ
はじめに現代の日本社会が求める新しい医師の姿
コミュニケーションは人間関係のクッション
経済的な豊かさを増し成熟した現代社会は、政治、経済、社会などあらゆる領域で転換期を迎えています。特に、平成の30年間はさまざまなサービスで消費者のニーズが多様化し、より細やかでスピーディーな質の高いサービスが要求されるようになりました。
医療の世界でも、患者さんによる医療サービスに対する査定が始まっています。
競争はサービスを競い合って内容をよくするメリットもある一方で、過重労働が起こりやすい医療の現場では医療者の疲弊という問題がしばしば指摘されるようになりました。
このように医師を取り巻く環境は厳しくなっている中で、それを和らげるのが人間関係のクッションである「コミュニケーション」です。
コミュニケーションは他者との意思疎通を図って、信頼関係を構築する一助となります。
人は他者とコミュニケーションをとる際に、相手の表情や声などの身体表現を直感的に観察し、温かみのある人間なのかどうかを瞬時に判断しています。緊張や防衛本能で表情や声などに硬さが表れると、怖く、冷たく映ってしまい、苦手意識を感じさせてしまいます。
現代のコミュニケーションにおいて好まれる特性は、ソフト(物腰が柔らかい)、軽やかさ、温かみです。
平和な時代に求められる医師像はソフトな雰囲気
現代の患者さんは、医師に対してソフトな印象を求めており、威厳のある重い印象を好まない傾向にあります。患者さんに「温かみがある、人間味がある」と感じてもらうことは、信頼感につながります。
医師が患者さんに対して親しみある好印象を持ってもらうには、自分にとって「普通」と感じる表現型よりも、意識的に感じがよく見える表現型をとることです。診察のときに、おとなしい性格の人が本来の気質のまま、控えめな表情や身体表現で患者さんを迎え入れると、患者さんの目にはそっけなく見えて、よい心証は得られないでしょう。
医療も消費者(患者)へのサービスという側面を持ちますので、「感じのよさ」は医療サービスの質を測る価値基準のひとつと受けとれます。
例えば、アナウンサーは、マスメディアを視聴する幅広い世代に受け入れてもらうため、さわやかな雰囲気を身につけています。同様に、令和の時代の医師にもさわやかな印象が求められています。
医師は医療の質の追求と同時に、コミュニケーションにもプロ意識を拡大して患者さんに応対することが求められる時代になったのです。
感じがよく見える身体表現を取り入れよう
患者さんに医師が感じのよい人物であると印象づけるには、個人本来の気質とは切り離して、柔らかい温かみのある雰囲気を表現する技を身につけることです。顔の表情、声、話し方など身体表現の手法を上手に使うことで、感じのよさを自然に表せるようになります。
本書では、代表的な医療場面として診察に焦点を当て、短時間のうちに繰り広げられる患者さんとのコミュニケーションで信頼を獲得するために、「質問力」「伝達力」「雑談力」を取り上げ、それらを磨くためのさまざまな大技・小技を紹介します。これらのコミュニケーション術は、医師─患者関係を良好なものにし、医師の好感度、患者さんの満足度の向上に役立つことを願っています。
(本編は書籍をご覧下さい)
著者紹介
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒。明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。主な著書は『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)【新潮学芸賞】、『声に出して読みたい日本語』(草思社)【毎日出版文化賞特別賞】、『コミュニケーション力』(岩波書店)、『読書力』(岩波書店)、『三色ボールペンで読む日本語』(KADOKAWA)など。テレビ出演も豊富でTBSテレビ「新・情報7days」、日本テレビ「世界一受けたい授業」など。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。