内容紹介
『あとがき』をご覧いただきたい。本シリーズは1990年(平成2年)に創刊されて2年ごとに編集されてきたが、このほど最終回を迎えることになった。29年になる。この間、編集の大筋は井上博先生の構想に依存し、私は揃った原稿を拝見し、感想を序文にまとめることをしてきた。お陰さまでこの間、2年ごとの知見の進歩を真っ先に知るという感激をいつも味あわせてもらってきた。ご執筆いただいてきた皆様方、本書出版に関係された皆様方には改めて深く感謝申し上げたい。今回はまとめの意味もあってか、大きなテーマで執筆をお願いしているようであるが、いつものように興味をもつ箇所を抜き書きしてみた。
まずは、今日common diseaseといわれる心房細動である。心房細動の基質が注目されている。心房組織の線維化要因として炎症、つまりCRP、IL-6、TNF-αが知られているが、これにレプチン、CKD(5/6腎摘)、インドキシル硫酸、IL-10、血糖変動、心外膜脂肪なども検討されている。心房細動検出のためのデバイスとして、スマートフォン、時計型脈波計などの利用が可能になった。心房細動アブレーションの合併症ないしは後遺症は本人にとって大きな苦痛となっているのであるが、左房食道瘻孔、迷走神経障害、横隔神経麻痺、肺動脈狭窄などの個別の自覚症状、対処法、経過についての現状が紹介されている。目立つのが、心房細動登録研究の進展である。往時の個人的な経験則ではなく、科学的な裏づけが得られつつある。抗凝固療法についても、出血合併例、超高齢者・腎機能低下例への対応が期待できるようになった。
次は遺伝子異常である。遺伝子異常は心臓の活動電位形式と伝導障害を説明する一方で、患者にとっては重要な診断要素であり、リスク評価、生活指導のうえで欠くことができない。しかし、遺伝子のvariantを病的と判定して、かえって有害な事態を招くことが懸念されてもいる。遺伝子検査に至る前の臨床診断が重要であるというのは反省すべき指摘であろう。人工多能性幹細胞(iPS細胞)はヒト、さらには当該疾患の材料を対象とすることから、病態解明、治療薬の開発、薬剤スクリーニングなどに一層の活用が期待されている。
自律神経活動の変調は不整脈発現に影響する。除神経効果を得るためのカテーテル手技の応用が提案される。心臓神経を構造のうえから神経細胞、神経節・神経幹、神経叢に分けてみるのもアブレーション治療への応用の基礎となるのであろう。
心筋梗塞に伴う心室不整脈のアブレーション治療は、マッピングの困難さもあって今なお一般的ではない。Purkinje由来心室不整脈、ベラパミル感受性脚枝心室頻拍(VT)には、日本人研究者の寄与が大きい。小児の突然死には、心筋症、心筋炎、心疾患術後、冠動脈起始異常、特発性致死性不整脈などがある。皮下植込み型除細動器が期待されているという。
AEDが急速に普及してきた。救命訓練の推進・普及が一般市民の間に生命現象の理解を深めている事実は大きな収穫である。
服薬アドヒアランスについて、有害事象への恐れが服薬継続を妨げるという。治療は継続が大事である。しかし、恐れをもつことは大事なのである。
不整脈診療は日々、新たである。進歩の跡を辿りながら感想を記すことは監修者冥利に尽きる楽しい作業だった。ご寄稿くださった皆さん、そして編集いただいた井上博先生に心からのお礼を申し上げたい。
(杉本恒明「序文」より)
目次
基礎
1.心房細動の発生機序―炎症性心房線維化の視点から―/安部一太郎 ほか
2.心臓伝達障害の分子病態と遺伝子異常/蒔田直昌 ほか
3.遺伝子病としての不整脈:遺伝子診断の光と影/堀江 稔 ほか
4.iPS細胞を用いた不整脈研究/湯浅慎介 ほか
5.構造からみた不整脈と心臓神経/井川 修
臨床
1.反射性失神による心停止とベーシング治療/安部治彦 ほか
2.自律神経と不整脈/池田隆徳
3.心房細動検出のデバイス/草野研吾
4.心房細動登録研究から学ぶ:わかったことと課題/小谷英太郎
5.心房細動と抗凝固療法:現状、課題、展望/山下武志
6.心房細動アブレーション:現状と課題/花木裕一 ほか
7.心房細動アブレーションの合併症/宮﨑晋介
8.化学的アブレーション:現状と将来展望/沖重 薫
9.心室性不整脈のアブレーション:現状と課題/中川 博 ほか
10.Purkinjeの繊維由来心室不整脈/野上昭彦
11.遺伝子病としての致死性不整脈:現状と課題/清水 渉
12.不整脈デバイス治療:現状と課題/栗田隆志
13.小児の重症不整脈/住友直方
14.院外救命における市民AEDの活躍とさらなる可能性/三田村秀雄
15.服薬アドヒアランスについて:抗凝固薬を中心に/志賀 剛