内容紹介
わたくしが疫学の重要性を知ることになったきっかけは1977年6月20日,当時谷川久一教授が主宰された久留米大学医学部第2内科に,佐賀県基山小学校と保健所から流行性肝炎に対する調査と対策の依頼があったことに起因する。水系感染によるA型肝炎の大流行であった。今のような通信機器と設備がない時代の出来事であり,未曾有の患者数であった。患者数や通院あるいは入院先の把握,刻々と変化する患者発生状況の把握,予防対策の検討と実施,感染経路の解明,そして住民への説明と広報などが調査され,検討され,実施されたのである。小学校の児童,職員,家族などを含めて486名の患者発生であったが,この大流行は3ヵ月で終息した。この時の私の役目は,まだ発症していない子供達から毎日糞便を採集することであった。このことを契機にフィールドワークを背景にした臨床研究と医療の展開が自分に与えられた領域だと考えるようになった。そして,C型肝炎の診断が可能になった1990年には,肝癌死亡率が高い地域の町長さんから肝疾患の撲滅を目指すための調査依頼があった。この地域で長期にわたるコホート研究を実施したが,そのなかでC型肝炎に関連するいくつかのエビデンスを得ることができた。このような経過のなかで山形大学教授であった河田純男先生から,C型肝炎に関連するコホート研究の成果を検討する学術集会の開催と著書「HCV感染のnatural courseを探る:わが国におけるコホート研究」の編集に加えていただいた。このようなことも要因になって,わたくし自身が啓発され,会長を仰せつかったJDDW2012における第16 回日本肝臓学会大会で,シンポジウム「Cohort研究からみたウイルス性肝炎の解明」を企画し,司会を田中榮司先生と田中英夫先生にお願いして開催した。また,このシンポジウムのあと,「肝がんのリスク・予防要因:多目的コホート研究からのエビデンス」と題しての特別講演を津金昌一郎先生に,司会を河田純男先生にお願いした。このような過程のなかで,疫学の重要性をもっと多くの人に知って欲しい,わが国にも優れた研究成果があることを知って欲しい,わが国からもっとウイルス性肝炎に関する疫学研究の成果を世界に向けて発信して欲しいことなどを考えた。そこで肝臓学会大会の講演内容をまとめて出版することを提案したのである。
以上の経緯ついては今回執筆して頂いた方々にすべてを十分に説明したわけではなかったが,著書として纏めることに賛同して頂いた。ご多忙のなかでのご協力に心より感謝の意を捧げたい。ウイルス性肝炎,肝癌あるいは肝疾患と他臓器相関などの領域において研究や医療の展開を模索している方々に,本書が役立つならば編者として望外の喜びである。
(佐田通夫「巻頭言」より)
目次
第1章 総論
1.肝癌のリスク・予防要因:多目的コホート研究からのエビデンス
/井上真奈美・津金昌一郎
2.ウイルス性肝炎と肝外病変 ―肝疾患と他臓器相関―
/佐田通夫・長尾由実子
3.コホート研究からみた日本におけるウイルス性肝炎の展望
/田中榮司
4.日本のコホート研究が慢性ウイルス性肝疾患対策・診療に果たした役割
/田中英夫・細野覚代
第2章 各論
Population-based study
1.九州X町住民のコホート研究から得られた知見と解決策
/長尾由実子・佐田通夫
2.C型慢性肝疾患の長期予後とインターフェロン治療のインパクト
/山﨑一美・友廣真由美・長尾由実子・佐田通夫・白濱 敏
3.原爆被爆者の長期追跡コホートにおけるウイルス性肝炎研究
/大石和佳・藤原佐枝子・茶山一彰
4.大阪市A地域におけるHCV感染状況の変遷
/榎本 大・田中 隆・山口康徳・河田則文・門奈丈之
5.肝炎ウイルス検診陽性者の病態進展度
/酒井明人・金子周一
6.C型肝炎ウイルス高浸淫地区におけるコホート研究
/吉澤 要・田中榮司・清澤研道
7.地域コホート研究からみたC型肝炎ウイルス持続感染者の自然史
/渡辺久剛・齋藤貴史・石橋正道・新澤陽英・河田純男
Hospital-based study
1.C型肝炎に対するIFN治療後の発癌ポテンシャル
/安井 豊・朝比奈靖浩・泉 並木
2.全国調査からみたB型慢性肝炎の病態
/伊藤清顕・溝上雅史
3.GenotypeによるB型慢性肝疾患の臨床像
/小関 至