内容紹介
循環器領域以外の内科医にとっては,Ⅹa阻害薬は耳慣れない方が少なくないかもしれないが,循環器医にとっては期待の新薬であることに間違いない。循環器領域に限らず,新しい薬剤の登場によって,病態への関心が高まり,これまで見えていなかったものが見えてくる場合がある。HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)の登場により,脂質代謝のみならず動脈硬化の病態研究が飛躍的に進んだのがその好例であるが,Ⅹa阻害薬の登場によって,静脈血栓症に関する2つの病態がより詳細に見えてくるものと思われる。一つは,深部静脈血栓症(DVT)および肺血栓塞栓症(PE)に代表される静脈血栓塞栓症(VTE)の病態である。もう一つは,心房細動患者に高率に発症する心原性脳塞栓症の病態である。両者とも,静脈系血栓症であり,血流うっ滞がその原因となっているが,凝固系の亢進が血栓形成を促進し,重要臓器(肺,脳)の塞栓が致死的あるいはADLの障害となることに共通点がある。また,両者に共通しているのは,高齢者において合併頻度が高まることであり,血管因子の重要性が大きいことを意味している。
しかし,VTEはこれまで術後の臥床期間が重要な規定因子であったため,外科領域の疾患と考えられ,循環器内科医の関心は必ずしも高くなかった。また,心房細動患者の脳卒中は以前から脳循環専門医の関心は高かったが,心房細動患者を診療するのは循環器内科医であったために,凝固療法の実際は循環器内科医に委ねられていた。しかし,高齢者人口の増加と共に心房細動患者数は急増しており,循環器専門医のみならず一般内科医の関心も俄に高まっている。
このような背景の中で,本書が刊行されるのは誠に時宣を得たものであり,循環器内科医にとって待望の書と言える。まず,VTEについては,その薬物治療選択としてⅩa阻害薬のフォンダパリヌクスと低分子量ヘパリンのエノキサパリンが使えるようになったが,まだまだ十分には実地医療には浸透していないようである。循環器内科医として,まずはVTEの病態,診断に精通する必要がある。本書は循環器内科医のために,Part.1,Part.2の章において多くの紙面を病態とその診断に費やしているのが特徴である。病態理解を十分にしたうえで,初めて最適治療が選択できるからである。わが国は,VTEの頻度は必ずしも低くないのだが見逃されているケースが多いと言われており,外科医のみならず内科医のこの領域への関心を高める必要があることを痛感している。まず,循環器内科医の目でVTEをよく診ることが大切ではなかろうか。本書はきっと,その手引きとして役立つことを確信している。
心房細動患者に対する抗凝固療法も,経口Ⅹa阻害薬の開発により新しい時代に入ったものと考えられる。50年以上の経験を持つワルファリンとどのように棲み分けるかは,これからの大きな課題であり,Ⅹa阻害薬からは目を離せない状況にある。本書が循環器内科医のためにⅩa阻害薬の情報を提供するのみならず,将来展望も含めた指針を与えることを切望している。
(堀 正二「推薦のことば」より)
目次
○Opening Discussion
循環器内科医からみたⅩa阻害薬への期待/(司会)小室一成/中村真潮/山下武志
○Part1 VTEの基礎
Chapter1.VTEの疫学/中村真潮/伊藤正明
1.静脈血栓塞栓症(VTE)とは
2.VTEの発生頻度
1.わが国での発生頻度 2.欧米人との発生頻度の差に関与する因子 3.発生頻度の年次推移
3.VTEの危険因子
4.肺血栓塞栓症の発症状況
5.VTEの予後
Chapter2.VTEの成因と発症メカニズム/和田英夫/池尻 誠
1.VTEの成因・危険因子
1.血栓性素因 2.その他の成因・危険因子
2.発症メカニズム
3.入院患者のVTEリスクの評価
Chapter3.VTEの病態
1)VTEの病態/福本義弘/下川宏明
1.深部静脈血栓症の病態
1.血栓症の病態について 2.塞栓症の病態について
2.表在性血栓性静脈炎の病態
3.急性肺血栓塞栓症の病態
4.急性肺血栓塞栓症に伴う右心不全・肺高血圧症の病態
5.肺梗塞の病態
6.奇異性塞栓の病態
2)循環器疾患との関連(心房細動・心原性脳塞栓症・急性冠症候群など)/吉田直樹/室原豊明
1.心房細動とVTE
1.心房細動と左心房内血栓 2.心房細動の原因としてのVTE 3.心房細動の合併症としてのVTE
2.心原性脳塞栓症とVTE
1.心原性脳塞栓症の概念 2.心原性脳塞栓症の原因としてのVTE 3.心原性脳塞栓症の合併症としてのVTE
3.急性冠症候群とVTE
1.急性冠症候群の概念 2.急性冠症候群の原因としてのVTE 3.急性冠症候群の合併症としてのVTE
○Part2 VTEの臨床
Chapter1.VTEの診断とリスク評価
1)VTEの診断/中川晃志/伊藤 浩
1.症状・身体所見
2.危険因子
3.Clinical probability assessment(疾患可能性の評価)
4.スクリーニング検査
1.胸部X線 2.心電図 3.動脈血ガス分析 4.Dダイマー
5.画像検査
1.造影CT 2.肺換気・血流シンチグラフィ(V/Qスキャン) 3.肺動脈造影/静脈造影 4.下肢静脈エコー 5.心エコー 6.MRA
6.肺血栓塞栓症の診断アルゴリズム
2)VTEのリスク評価/副島弘文/岸川秀樹/小川久雄
1.VTEのリスク
1.血栓形成の後天性因子 2.血栓形成の先天性因子
2.入院患者におけるVTEのリスク
1.VTEの危険因子の強度 2.具体的なリスク状況の程度 3.各科別の手術患者のVTEリスク
3.静脈血栓性疾患と動脈血栓性疾患
4.静脈血栓性疾患と動脈硬化危険因子
Chapter2.VTEの治療
1)治療の基本方針/市田 勝/島田和幸
1.急性肺血栓塞栓症の治療
1.呼吸管理 2.循環管理 3.薬物療法 4.補助循環 5.カテーテル治療 6.外科的治療 7.下大動脈フィルター
2.下肢深部静脈血栓症の治療
1.薬物療法 2.理学療法(運動・圧迫) 3.カテーテル治療(血栓溶解・血栓吸引・ステント) 4.外科的血栓摘除術
3.慢性肺血栓塞栓症の治療
1.内科的治療 2.外科的治療
2)ハイリスク患者におけるVTEの一次予防/木村謙介/福田恵一
1.VTEの危険因子
2.リスクの評価法と層別化
3.VTEの一次予防
1.理学的予防法 2.薬物的予防法
○Part3 Ⅹa阻害薬
Chapter1.Ⅹa阻害薬の基礎
活性化第Ⅹ因子とⅩa阻害薬の作用/相澤万象/池田宇一
1.血液凝固機序と活性化第Ⅹ因子(Ⅹa)
2.凝固反応の制御系
3.疾病による凝固反応の変化
4.炎症とⅩa
5.Ⅹa阻害薬の作用
Chapter2.Ⅹa阻害薬の臨床
1)Ⅹa阻害薬の種類とエビデンス/小田切史徳/代田浩之
1.間接Ⅹa阻害薬
1.フォンダパリヌクス
2.直接Ⅹa阻害薬
1.リバーロキサバン 2.アピキサバン 3.エドキサバン 4.その他
2)心房細動に対する効果/鈴木信也/山下武志
1.リバーロキサバン
1.ROCKET AF試験
2.アピキサバン
1.ARISTOTLE試験 2.AVERROES試験
3.エドキサバン
1.ENGAGE AF-TIMI 48試験
3)急性冠症候群に対する効果/夏秋政浩/木村 剛
1.急性冠症候群患者におけるⅩa阻害薬の臨床試験
1.OASIS-5試験 2.OASIS-6試験 3.PENTUA試験 4.FUTURA/OASIS-8試験 5.ATLAS ACS 2-TIMI 51試験
2.欧州におけるガイドライン
1.不安定狭心症/非ST上昇型心筋梗塞 2.ST上昇型心筋梗塞
4)国内外の開発状況/後藤信哉
1.Ⅹa阻害薬の開発の意味
2.臨床開発の対象疾患
3.本稿執筆時点の現状
Chapter3.フォンダパリヌクスの基礎/小嶋哲人
1.経緯
2.作用メカニズム
3.薬剤プロフィール(吸収・代謝・排泄等)
Chapter4.フォンダパリヌクスの臨床/山田典一
1.VTEの治療
1.フォンダパリヌクスの使用方法 2.フォンダパリヌクスの治療効果
2.VTEの予防
3.フォンダパリヌクスの副作用
○Closing Discussion
VTEの診断と薬物治療の実際/(司会)阿古潤哉/赤尾昌治/清水一寛